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幸せは名詞ではなく、動詞にせよ。その心は?

自分の行動や態度は、自分の価値観や考え方から生み出されます。主体性のない人は、自らの責任を否定するような行動をとります。

 

例えば、生まれつきだから仕方がない、社会が悪い、あいつが悪い、しなくちゃならない等。それを他のやり方を考えてみようとか、自分がそう決めたからそうする、あいつは悪くない、自分が改善しよう、こういった後者の方が主体性のある人のセリフとなります。

 

生まれつきだから仕方がないと言ったら、それ以上自分では何をしても無駄だと思って何もしなくなり、景気が悪いのをいちいち政府の責任にしていたら、政府が何かしてくれないからこうなると言って、自分で努力をしなくなるのです。

 

主体的でない人は、外部の環境に反応するだけです。何かが起きたら、どうしよう、何もできない。誰か何かしてくれと思って、自分では何もしません。これは責任を他人に転嫁しようとする考え方なのです。

 

主体性のある人の言葉は、自己達成預言のようなものがあります。自分でこうすると決めたら、どうすればこうなるのかを考え、こうなるように行動します。だから思った通りになることが多いのです。さすがに全部思い通りにいくことはありません。但し、何もしない人よりは、目標に一歩近づきます。

 

主体性のない人の言葉も、実はよくない意味で自己達成預言になっています。そんなことできやしない、と思って何もしないので当然何もできません。そのような信念がどんどんエスカレートしていき、全てのことが被害者意識を持ってしまい、自分の人生を自ら切り開く能力をなくしてしまいます。

 

また、主体性のある人にとっては、全ての事象を動詞としてとらえます。幸せという名詞を幸せになるという動詞に変換するのです。名詞のままであれば、外部から、幸せという状況を与えられないと幸せになれないのですが、動詞に変換すれば、まず、自分にとって幸せはどんなことを言うのか、と定義づけをしたうえで、幸せになるためにはどのようなプランが必要かを明らかにし、そのプランを確実に実行して、自分が幸せになるようにします。

 

幸せは動詞であって、具体的な行動です。主体的な人は感情を価値観に服従させます。そのため、幸せという気持ちを失っていれば、いくらでもそれを取り返すことができるのです。

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