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生まれてきたからには必ずしも使命がある

自分の使命は、以前、「降ってくる」という表現を使いました。使命というものは、自ら作るものではなくて、既にあるものを見つけ出すものです。

 

そして自分の内面を見つめ、価値観を明確にし、世界を見る力を身につけ、法則と調和させること、その見る力を通して、主体的な人間として、周りの世界とどのようにかかわっていくかを理解していきます。

 

生まれてきたからには、何らかの使命があるものです。その使命においては、だれも代わりの人はいません。従い、一人一人の使命に気づき、それを実施するのは、その人だけにしかできないことなのです。

 

人生とは何かを問うよりも、人生に何と問われているかを見出しましょう。そして自分の人生の責任を引き受けることで、その問いかけに答えられるようになります。責任を引き受けない限り、使命に巡り合うことはありません。

 

主体的に生きるためには、人生の中で自分はどうありたいか、何をしたいのかを表現することであり、個人のルール決めをすることです。このルールは、新年の抱負のように、1日だけで書き上げられるものではありません。どうせ新年の抱負は正月すぎると、むなしい単なる紙にしかなっていませんが、人生のルールは、今までの経験、失敗、成功体験、注意深い分析等、自分の真剣に生きた歴史によって、はじめて書き始めることができるようになります。そして、何度も何度も納得のいくまで書き換えます。そうしなければ完成に至ることはありません。

 

多くの人は自分のルールを決めないうちに、この世を去ります。中には自分のルールを子供のうちから決められた人もいるでしょうが、そういう人は、世間一般で言う成功者になっているでしょう。そのルールは親から受け継ぎ、いつの間にか自分で消化できている、自分ルールに書き換えられている人もいます。人によっては、ルールを決めようと一念発起したけれど、死ぬ間際にようやくルール化できた。しかし遅すぎた、と言う人もいます。それこそ人それぞれです。ですが、ルール決めをすることにも意味があると思います。できれば実行までしたいところではありますが。

 

以上のように、ルールは、数週間、数か月、人によっては数年かかるかもしれません。さらに、年月とともに、自分の世間への見る力が上がったり、法則を見通すことができたり等、状況が変化していく中で、細かい修正を加えていくことになります。繰り返しますが、ルールは書き上げる過程も重要だと思います。修正していく中で、自分の世界が見る力がどんどん高まっていることもあります。文章に書いて残せば、自分自体も変わるのです。

 

そうすることで、使命感に出会え、周囲の環境や出来事にコントロールされない主体性を持つことができるようになります。

 

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