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将来が不透明な時代に適した人間の仕事の仕方とは

時間が足りない、そういって、時間管理のセミナーに参加してみたりしますが、セミナーで効率よく行動できるようになるのでしょうか。

 

実際効率を上げることが問題の根本的な解決になるかどうか、より少ない時間でより多くのことを成し遂げれば、すべて良いのかどうかを改めて考え直してみましょう。

 

そもそも自分の時間や、人生等、自分自身の根本的なパラダイムがこれらを問題視しているだけではないか、ということもあるのです。

 

人間などという存在は、突き詰めて考えれば無駄な存在である、というと語弊がありすぎますが、単純労働作業であれば、ロボットにはかないません。彼らは電気を入れておけば24時間働き、風邪もひかなきゃ病気にもならない、不平不満なんて言わない。給料さえも要求してこない。ある作業に特化しているものの、その特化したことに対してはこれほど効率的な存在もありません。

 

だいたい、機械でもあるまいし、何が効率化だよと思います。無駄があるからこそ人間なのです。無駄があるからこそ、その余白から、新しいものが生まれてくるのです。最初から効率的を目指したら、究極そこからは何も生まれてきません。無駄があるから成長があるのです。そして成長した先には、どんどん無駄が生まれてきます。いつまでも穴の埋まらないジグソーパズルのようなものなのです。人生や仕事というものは。

 

時間は確かに有限ですが、だからといって、1分1秒たりとも無駄にしないという姿勢はどうかと思います。肩も凝るし、病気になっちゃいますよ。時間当たりの作業量を上げよう、こういった発想が学問としての経営学を産んだことは確かです。しかしそんなことはロボットにやらせればよく、人間のためにならない経営学なんてものはいらないのです。もし経営学がエンジニアリング(効率化)を目標とする学問であったならば。

 

テクニックは中長期的な問題や根本を解決することはありません。コンサルタントという存在は、あたかも凄い存在にも思えますが、彼らのいうことを聞いて、本当に改善したこと等ありあせん。厳密に言えば、改善したように思わされているだけです。昔は有用だったかもしれません。しかし明日がどうなるかどうかわからない時代になって本当に必要なのは、長期的な結果をもたらすビジョンであり、方向性であり、そしてそれを導くリーダーシップにこそあるのです。他の会社の成功事例は参考にはなりますが、実際のところ気休めにしかなりません。

 

右肩上がりの時代、あるいは完全に維持を目的とする場合、こういったときには効率化という発想は無駄ではありません。しかし維持できることが保証されていない時代にとってみれば、効率化以上に大切なのは創造力です。

 

手足をじたばたさせる単純作業をせざるを得ない状況にしている自分自信を変えるべきなのです。

 

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