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充実感を感じている人のベクトルは完全に外向き

身の回りで充実感を感じて人生を楽しんでいる人は、ベクトルが確実に外向きです。自分がいかに得をするかよりも、周りにどれだけ自分という価値を提供できるかを考えています。その結果として得をしているにすぎません。

 

充実感を感じていない人は、プレッシャーやストレスを感じ続けている人ですが、通常、自分の期待通りにならないために、ベクトルが内向きになりがちです。要するに自分のことしか考えていない状況です。

 

もう一つ、一見ベクトルが外向きに見えても、その根底が恐れにある場合、つまり、人のために尽くしていないと、自分が捨てられるのではないか、無視されるのではないか、嫌われるのではないかと思ってしまうと、他人のために尽くしていても、プレッシャーやストレスから解放されることはないでしょう。

 

無理に他人に合わせても仕方ないわけで、自己主張はするだけしておいて、来るもの拒まず、去る者追わずの考え方で良いのだと思います。上記のような場合は役に立ちたいのではなく、自分が嫌われたくないという所詮は内向きの考え方にすぎません。心のどこかで見返りを期待しています。おばあちゃんが歩くのを大変そうにしていて、横断歩道を渡るときに周囲の車に頭を下げながら、渡りきるまで連れ添ってあげて、こんな俺ってなんて親切野郎なんだ、みんな見てるか、なんて思わなくていいのです。何らの見返りも期待してはいけません。社会奉仕活動はよいのですが、みんなのためになることをしているのだから、自分を好きになってくれるはずだ、と思って見返りを期待しているうちは、永遠に心が満たされることはないのです。拒絶されるのが怖いという、自分自身の足かせを外してあげなければいけません。

 

特に日本人は農耕民族ですし、集団の中で自分を活かすというDNAが太古の昔から備わっており、みんなから嫌われると村八分になり、生きていけなかったことも大きいと思います。今だって、みんなから嫌われたら生きづらい世の中ではありますが、過敏になる必要はないと思います。但し、自己主張したとしても、自分自身の立場はわきまえましょう。社会的に影響力のある立場の人の発言と、影響力のない立場の発言では、同じことを言っても、村八分の確率が高まることになります。そして影響力のある立場の人の発言は、時としてその立場を失うことにもつながります。

 

大抵の一般人は、影響力なんて大してないですし、ツイッターのフォロワーがたくさんいたとしても、小社会の中の発言にすぎませんから、節度を持って自己主張してよいと思います。あまり自分を殺しすぎずといったところで。

 

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