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短期的な成果だけで中長期的な成果を判断するな

後付け評論は、リーマンショックの発端となったサブプライムローンの時もそうでした。最初は住宅ローンの審査に通らないようなアメリカの庶民に持ち家を持つ機会を生み出し、証券化によって金融機関の利益も稼ぎ出す画期的なスキームだと評価されていたのです。しかしその後、このスキームが破綻して、最低だったと評価されています。しかしこれはスキーム自体がまるでダメだったわけではなく、バブルでよくあるパターンだと思います。

金融は裁定取引が基本であって、どこかに需要と供給の不均衡や価格差があれば、それを誰よりも早く見つけて、その間を上手くつないで安く買って高く売り、利ザヤを稼いで儲けるのが裁定取引というモノです。このスキーム自体は最低ではないはずです。成功者が出れば、称賛され、みんなが同じ手法に飛びつき、その結果、多くのプレーヤーが参入して不均衡はいずれ是正されていきます。

以上のようにゆがみを是正して社会全体を最適化することは金融の素晴らしい機能の一つであり、その過程でさや抜きをして儲けることは経済学的にも悪いことではありません。但し、歪みが是正し終わった時点で、その後も勢いが止まらないときに問題が生じます。概ね、不均衡が是正された後で過度の取引が続き、その結果逆転現象が起き、破綻に至ります。そして評論家は現象を見て、最初は素晴らしいと賞賛し、後から本質的に無理があったと酷評するのです。

思えば日本的経営についても同じことがいえます。1980年代、日本が絶頂期だった時代に、エズラ・ヴォーゲル氏が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という書籍を出しました。これで日本的経営を称賛する声が上がったものの不動産バブルが崩壊して低迷の時期を迎え、その後、失われた20年を越えて、もはや30年になっていますが、日本経済が元気を失ったとたんに、日本的経営はダメだという声が高まってきました。

日本企業にはまだまだ強みがたくさんあるとは思うのですが、既得権益を守るために必死になった結果、段々強みが失われてきつつあるというのが正解かもしれません。新たな強みを作ることができずにいると言ったところですね。まあ確かに、日本的経営の強みであった、終身雇用、年功序列といった制度はもはや崩壊し、企業と個人の間の関係が希薄化していけば、主君に仕えるという忠誠心が失われ、新たな良好な関係を築くまでに相当な時間を要することになるでしょう。何でもかんでも欧米に右ならえでは、日本人の特性はいきませんから、難しいかじ取りが迫られることになるでしょう。

以上のように、ある一時期の結果だけを見て、短絡的に立場を変えるような評価では、何かを学びとることは難しいと言えます。

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