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自分がいなくなってからもこの世に残る仕事をしよう。それが成功の証。

誰しも平等に与えられたものは命です。お金持ちだろうと貧乏人だろうと、生きてさえいれば誰もが命を持っています。満たされた人生、目的のある人生、それは人それぞれでお金を持っているからと言っても、決して満たされている、目標を達成していると言い切れるものでもありません。

日本の上場企業の社長のように権力を持っている人よりも、衣服一枚で岩の上にじっと座っている、何も持たないヨーガの行者の方が、メンタルな意味では満たされているようにも見えます。だからと言ってみんなヨーガの行者を目指せ、幸せになれると言いたいわけではありません。幸せの形も人それぞれだからです。

ただ、一つだけ言えることは、精神的に成長していくためには、自分の生きるという意味を深く知っておく必要があるでしょう。何のためにこの世に生を受けたのか。生命とは必然ではなく、これだけ多くの人がいて、父親と母親が出会ってあなたがいるわけです。その出会いがなければあなたはいません。

仕事をしてお金を稼ぎ、ある会社で出世して、資格を取ってバリバリ。これは人生の一部ではありますが、満足感が得られるのかというと、一瞬で終わってしまいます。資格も取った瞬間は嬉しくもありますが、その後はその満足感は持続しません。それでその取るまでに苦労した資格の仕事をしてみると、だから何だというものばかりです。自分の知り合いの弁護士先生も、社会正義をめざしたものの、会社のもめごとか、離婚ばっかりですよ、はあ~。とため息をついていました。もちろんこんな先生ばかりではないと思いますが。

お金稼ぎは上限がありませんが、ここまでは目指そうという目標は立てやすいものです。物事の達成も同じでしょう。世紀の大発見をしたいと思えば、大発見ができた時点で一つのゴールです。しかしメンタルの成長については、まさに終わりない旅路です。目標の立てようがありません。人生の目的という大きな題材を考えますと、実は一つの目的を決めて達成した後は、次の目的に向けて動き出すことになるでしょう。

ある程度の目標を達成したら、後はのんびりと暮らしたいと考えるものですが、人生とは、目的ではなく、常に学び、そして成長を続ける旅なのです。無目的や惰性ほど、苦痛の旅はありません。旅とはゴールを設定すべきものです。何か生きてきた足跡を小さくてもいいから残す。人生のゴールが死んで終わり、ということにならないようにしたいものですね。

いずれにしても人生を満足したものにするためにメンタルの成長は欠かせません。

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