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リーダーシップは使命感を持った人に与えられる資格

リーダーシップは、使命感を持っている人に授けられます。前述したように、それはある意味思い込みでもいいのです。「私はこのために生まれてきた」という使命感です。あとは人を導くことに喜びを感じられるかどうか。全ての人がリーダーでなければならないわけではありません。人にはそれぞれの役目があり、人を率いるのが負担で、一匹狼の方が活躍できる人もいるでしょうし、リーダーを支える役となった方が良い人もいるでしょう。

 

全員が無理にリーダーになる必要はありません。全員がリーダーになってしまったら、それこそ収拾のつかない世の中になってしまいます。

 

最初はリーダーになる気がなくとも、立場が人を育てるというケースもあります。人を率いる人は、数多くの挫折を味わっています。そしてそれを乗り越えています。その力強さに人は憧れます。何かにつけて逃げ回っている奴は、リーダーとしての資格はありません。どん底を知り、そのどん底から這い上がってきた人はたとえマイナスからゼロまでにしかできなかったとしても、這い上がってきたことには違いありません。

 

今現在、あるITシステム会社の社長さんをやられている方がおりまして、元々はある会社の部長さんだったのですが、勤めていた会社の社長が借金の返済ができなくて逃げ回り、その会社の部長が社長の代わりに色々な債権者に謝罪しに行きました。結局、その社長がトンズラして、やむを得ず部長が社長になり、会社を再建したという例があります。人を助けることが使命とのお考えを持たれています。自分でしでかした失敗ではないとはいえ、一つの挫折であることには違いがありません。

 

今の世の中では命を取られるようなケースは稀ですが、戦国時代は当たり前のように命を賭けていました。自分一人の命で部下を助けてほしいと、敵の前で自害をする、そんな武将もおりました。中々できることではありません。でもこういったことができた人、というかできる人には誰もがついて行こうと思うものです。自害してしまってはついて行けませんが。

 

先ほどのITシステム会社の例も、以前の社長はまるでリーダーの資格はありませんが、部長はその資格を持っていました。率先して自己犠牲を払い、その姿に心を打たれ、従業員がついて行ったのです。お金を稼いで私腹を肥やし、なんて人も多い世の中で、常に人のことを第一に考えてくれるリーダーにはついて行こうという気になりますね。但し、部下を甘やかしすぎるのは論外です。リーダーが極貧で、部下が肥えていたらそれもまたおかしくなりますから。全てはバランスを取ってと申し上げておきましょう。

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