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人は知らぬが貢献度の高いフィクサー的生き方はかっこいい

成功には一人一人ごとの異なった定義があります。自分は、そんなことが中々できないことはわかっていますが、影のフィクサーで、ものすごく影響力があるのだけれど、誰もその人の存在を一般人は知らない。なので、確かに目立つことはやっているのですが、全くマスコミネタにはなりません。

有名税というものでしょうが、テレビやマスコミに騒がれて有名になるのは良いとして、プライベートまで世間にさらされたくもないですよね。でもこれはニコイチです。貴方を宣伝する代わりにプライベートまでさらす。マスコミをマスゴミ呼ばわりして置いて、俺を有名にしろ、そうすれば認知度が高まってお金が入る。でもプライベートをさらすな、なんて都合のいいことを言っていてはいけません。プライベートがさらされるというコストを払って、あなたを有名にしてくれているんですよ、と言いたくなる有名人は多いですね。あんまりかっこよくありません。

これも人の価値観の問題ですが、マスコミに騒がれて有名になっている人物のバランスシートは資産をたくさん持ってますけれども負債もものすごいです。利回りは大幅プラスになっていますけれども、という人生なんでしょう。有名にしてくれる(=資産)、プライベートがさらされる(=負債)。これも成功の一つの形です。

サラリーマンにありがちですが、上司に評価されることだけはしっかりアピールしてる奴。それこっちがやったのに、お前の手柄かい。人の手柄を横どりする奴いますよね。本当に人生の成功かなと思います。目立たないけれど、縁の下の力持ちになっている人の方が好感が持てます。人に評価されるからする、それは本当の社会的貢献と言えるのでしょうか。別に常に自分を捨てて、他人のためだけに生きろと言っているわけではありません。あなたが他人のためにしてあげることで、自分に何らかの形でのメリットがあるかも考えて当然です。両社にとって良いこと、自分に対するメリットは、善行を積んだことでの心の喜びかもしれませんし、単純にサービスを提供したお金かもしれません。

しかし忘れてならないのは、単純にサービスを提供してお金をもらう、仕事をしたから金をくれ、ではダメで、相手に喜んでもらって、その対価がお金につながらなくてはいけないのだと思います。あの人にやってもらって良かったよ、と言ってもらえるものでなければサービスとは呼びません。何時間動いた(働いたでもない)、いくらくれ。こういう発想では、段々生き残れなくなってきますね。

人への貢献は、私があなたを助けることで結果的に両者にとって大きなメリットがもたらされるもの、こういった発想を持たなければ、人間関係は続きません。これからの世の中は一元さん経済ではありません。長い付き合いの中でお互いに貢献しあっていく、そんな時代になってきます。

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