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みな、不思議と自分の才能を封印して生きている。封印しなければ世界が開ける。

おそらくこの世の99%の人は、本当の自分の才能を知らずに死んでいくのだと思います。あるいは才能を知っても、活かすことのできないパターンもあるでしょう。これは誰も抜けられませんが、社会生活の呪縛です。これをしなければならない、あれをしなければならない、そこまでしなければならない。もちろん生活するためには最低限の糧は必要ですよ。しかしそんなに稼いでどこへ行く、という人いますね。稼いで権力を保持しようというのも生き方の一つですが、そんなことをしたところで、人類の歴史に埋没する一つの砂粒にすぎません。

 

自分の才能を生かすことを皆封印して生きています。そしてみんなそうやって生きているんだ、だからお前もそうしろ、という意見ばかり。俺は我慢している、だからお前も我慢しろ病ですな。もちろん我慢して生きるのも生き方の一つです。ただ、そんな生き方するくらいなら別に人間でなくてもいいですね。生まれてきて、自分の役目は誰かから与えられ、そうして平凡に死んでいく人生。

 

動物の中では、人間だけが、過去・現実・未来を認識していると言われています。過去を嘆くのも人間だけ、現在を精一杯生きるのはおそらく動物ならばほとんどしている。そして何よりも未来を描けるのは人間だけです。

 

未来を描く、つまりビジョンを描くということですが、自分が将来何になっていたいかを描いて、それに向かって歩みだすことですが、そもそも「将来何」という部分が人それぞれです。そしてこの部分が一番厄介です。資格を取って手に職をという人は多いですが、資格を取ったところでたかが知れているし、資格を取れないと挫折感を味わいます。でも資格って「夢」ですかね?

 

その資格を取って何をしたいのかの方が重要です。何をしたいのか、のほとんどが実は資格がなくてもできることばかり、場合によっては、資格を持っている人にお願いすればできることばかりなんですよ。

 

おそらく人間の個性や個々人の持った可能性は、資格に押し込めるほど小さなものではありません。ひょっとすると、社会に押し込めるほど小さくもないのかもしれません。日本では無理でも、海外ならば可能かもしれません。無理だの一言で殻に閉じこもって、動かないのが一番の損失です。

 

夢とはその人の社会での役割ともいえます。だからと言ってもわざわざ自分探しの旅に出る必要はありません。バックパッカーの人生を否定はしませんが、「何しに行ったんですか」と尋ねると「世界を旅したかったんです」ならば、ああそうなのね、ですが、「自分探しの旅に出ていきました」という答えがあり、「何か見つかりましたか」と尋ねると、「トルコで魅力的な石を見つけました。輸入して販売しようと思います」と言われようものなら、さらにああそうですかの一言ですね。

 

青い鳥の逸話ではないですが、夢とは実は身近にあるものです。あの話も旅に出て我が家に帰ってきたから気づいたと言ってしまえばそれっきりではありますが。身近にあるくらいですから、そのうち気づきます。

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