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人生を全て勝ち負けで考えると疲れる。自分を解放せよ。

あまり多くはないとは思いますが、ルーズ・ウィンと言う考え方はあります。言葉の通り、自分が負けで他人が勝ちと言うことですから、どちらかというと相当卑屈な生き方になります。「私を踏み台にしてください!」「どうせ負け犬ですからどうでもいいです」と言う感じですから。これは全く、希望やビジョンのない生き方です。これは極論として、自分に自信がないために、少しでも人にメリットを与えて、自分が多少デメリットを被ってもやむを得ない。それでも人から好かれたいという気持ちが強いのだろうと思います。つまり人から受け入れられることが第一で、そこに自分の価値を求めてしまい、自分の本当の気持ちを出す勇気がないのです。

 

交渉事においては、ルーズ・ウィンとはすぐに相手の言い分を受け入れ、自分が妥協することですし、お人よしを通り越して、少し気持ちを強く持ちなさいよと傍から見るとそう感じてしまいます。ルーズ・ウィンとウィン・ルーズが目の前で対峙したときには目も当てられない結果になるでしょう。ルーズ・ウィンはウィン・ルーズの餌食にしかなりません。

 

ただ、ルーズ・ウィンも人間ですから、そのままでは終わりません。よくないことに次第にストレスが溜まっていきます。普段我慢しているだけなのです。最初からルーズ・ウィンでいいとか、その方が心地よいという人はいないと思います。怒りのマグマと申しましょうか。どこかで大爆発を起こすことがあります。極端な話、人を刺し殺してしまったというのはこの行き過ぎた例の一つかもしれません。いじめられたり、いやな思いを持ち続けたり、脅迫されたり、これは自分がルーズの状態で、いじめている方やいやな思いをさせている方はウィンの状況にあります。そしていつかは大逆転を狙っているのです。感情を継続的に抑圧するのはあまり良いことではありません。少しづつ小噴火した方がなんぼかマシです。小噴火された方はその場では困りますけれども、刺されるよりはよいでしょう。

 

自分の感情を抑圧してしまう人は、自尊心を低下させるだけでなく、人間関係の決裂という結果を招くことになりかねません。実は、極端な話、ウィン・ルーズもルーズ・ウィンもどちらも気の弱い人たちです。どちらかと言えば、ウィン・ルーズの方が短期的にはよい結果を出すかもしれませんが、それは多くの場合、上の立場だとか、その力が活用できる場所にいるだけの話です。人よりも常に勝っている状況にいなきゃならないという考え方時点で、あまり強い人には思えません。自分は強いんだと思っている人は、ことさら相手を陥れたり、相手より強い立場でいなきゃならないことに拘ることはありません。

 

ウィン・ルーズが基準である人は、時と場合によってはルーズ・ウィンになることもあります。相手が強者であれば必然的に自分はルーズにならなければならないからです。常に勝った負けたで人と競争をしている人は、どちらかが勝ちならば片方が負け、どちらかが負けならば一方が勝ちと言う考えで生きているからです。

 

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