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他人の価値感で動かず、自分の価値感で動き始めてから成功が始まる

失敗をすると、自分に失敗者としての烙印を押してしまいがちです。しかし失敗は成功の母とも言われます。どんなに成功した人も数多くの失敗を乗り越えて、今があります。失敗をとがめるのは、自分だけではなく周りの人間からという場合もあります。お客さん、取引先、銀行、上司。自分の失敗をとがめる人は、その人にとって損失を負ってしまうからです。とがめられるのは已むを得ません。あなたができることは、相手をなだめつつ、自分の失敗を糧にして、自分を責めすぎないことです。糧にせず、同じ過ちを繰り返していたのではただのアホです。

 

失敗したら、自分がそこから何を学び取り、どのように改善して二度と同じ失敗をしないこと。これができれば、失敗も勲章。何かを学んだ証なのですから。失敗で烙印を押すのは、周囲ではなく、自分自身です。確かにあなたの失敗によって損失を受ける人はあなたに失敗者としての烙印を押すことでしょう。でも気にしてはいけません。

 

人生にとっての一番の不幸は、自分自身を信じられなくなることです。デカルトの「われ思うゆえに我あり」という名言は、全ての存在を疑っても、それを疑っている自分はあるのだということであり、どんなことが起きても、自分を信じてくれるのは自分を置いてはありません。他人からどんなに罵られようと、2ちゃんねるに何を書かれようと、自分が自分を信じてあげなければ、自分すらも疑ってしまっては、この世に存在意義を失ってしまいます。

 

失敗はダメなこと、という価値観に縛られては、失敗しないためにやるべきことはなにもしないことになってしまいます。これでは何も始まりませんし、正直、生きている価値すらありません。貴方が生まれ来た価値は、あなたがあなたらしく生きることです。貴方が別の人の価値観に沿って生きていたのでは、あなたが生まれてきた価値なんてありません。それこそただの烏合の衆です。

 

ほとんどの人は、他人の作った価値観の中で生きています。その価値観の尺度で人生の成功や失敗を決めてしまいます。そしてそこで作り上げられた世界観に、自分をコントロールされながら窮屈な生き方を強いられています。

 

まずは自分で自分の価値観を作り出してみましょう。次はその価値観を実感するために、何が起こればいいのだろうと考えてみましょう。あまりハードルを低くしても仕方ありませんが、畳の目ほどでも自分が成長していればよいとしたら、毎日一つ失敗をして、その失敗をどのように改善しているかを管理してみるのも良いのかもしれません。一日一善よりも一日一失敗の方が難しそうな気がしますね。わざわざ失敗しようとする人はいないと思いますから。

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