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安くて美味しいイタリアン、サイゼリヤはなぜ成功したのか

サイゼリヤさん(以下、敬称略す)には、安くて美味しいワインが豊富にあります。デキャンタだけだと物足りないので、ボトルで注文してます。

あの安い価格帯であの味が出せる奇跡のイタリアンレストラン「サイゼリヤ」。その価格の秘密に迫ります。サイゼリヤのシステムには現会長の正垣康彦氏の理念が根底に横たわっており、その考え方は必聴に値します。飲食店経営にも役立ちます。

  1. はじめに
  2. 会長の正垣康彦氏の考え方
  3. サイゼリヤのシステム
  4. 失敗を重ねること

1. はじめに

メニューのほとんどが199円から599円に収まってしまい、一人で行く場合、たくさん注文しても2,000円を超えることがありません。俺なんて、1,000円超えないよ!サイゼリヤがそんなに高いわけないだろ!とおっしゃられる方も多いでしょう。しかし自分がサイゼリヤで一番楽しみにしているのは、ワインでして、ボトル(1080円~)を注文してしまうので、残念ながら1,000円を下回ることがないのです(笑)。

イタリアには旅行以外で滞在したことがありません。生活してみるか、意識的に観察しないと見えてこないものは多いと思います。どうしてもイタリア料理とかフランス料理というと、若干割高というか、女性に見栄を張るために連れていくといった、ひん曲がった考え方が自分の中にあり、高級路線がいまだに抜けません。この価格でこんなにおいしいものが食べられるのか、というのは驚きでした。もちろん高級イタリアレストランの味と比較すると、どうかという意見もあるでしょうが、自分はこの味で十分満足させていただいています。どちらにしてもワインががぶ飲みできるのがうれしい限り(酒が弱いくせにw)。

自分にとってのイタリアは、ACミランです。当然ながら、今のチームではなくて、1980年代後半のルート・フリット、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトのオランダ三羽烏のいた時代です。もっとも当時はフランコ・バレージって凄いなという感じでしたけれど。と、こんなことくらいしか知らないわけですので、イタリア料理が高くて当然と思い込むのも仕方がないですね。

  1. 会長の正垣康彦氏の考え方

一般に我々が日本料理というとどんなイメージがあるでしょうか、お寿司、懐石料理と考えますか。自分は焼き魚、白米、味噌汁と思い浮かべます。サイゼリヤの正垣氏は、イタリアの一般家庭の料理、イタリアの食文化を日本に持って来たかったとおっしゃっています。一般人が、毎日そんな高級料理ばかり食べていては、財布が持ちませんよ。一般家庭の料理であれば、安くて当然、この考え方が根底にあります。つまりまず常識を疑え、ということですね。

サイゼリヤを元々始めた場所は千葉県市川市本八幡の商店街の2階だったそうですが、最初に出した価格ではお客様が来なかったので、最終的には7割引きにして、お客様が殺到したそうです。安ければ良いということではありませんが、価格が顧客へのメッセージになるという好例でしょう。

自分がサイゼリヤでワインを頼むのには訳があります(がぶ飲みするのには訳がないと思いますが・・・)。何故だかサイゼリヤの料理を引き立てるような感覚があったのです。つまりワインと一緒にサイゼリヤの料理を食べると美味しさが増すのです。ひょっとして酔っぱらって、味覚を失い、何を食べてもおいしく感じているのかもしれませんけれども。

よく言われている話ですが、魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワインが合うとされています。脂肪分の多い肉類がを赤ワインのタンニンが脂分を和らげてくれるようです。

元々こういったことがヨーロッパの料理では当然であって、一連の食事を組み立てるコーディネーションが食を豊かにします。この点、正垣氏はよくご存じであって、コーディネーションするためには、一つ一つの料理が安くなければならない。一品の料理が高ければ、一品しか注文しない、それではコーディネーションにならないとお考えなのです。

「食を豊かにするためには、メニューのコーディネーションが必要であり、そのためには単品が安くなければならない。従って、安さを追求する。全てはお客様に喜んでいただくため。」これがサイゼリヤの理念なのです。

最近、日本のデフレ恐怖症から、モノの値段が下がるのは悪いことだという論調が多いのですが、なんでこういう発想になるかというと、モノやサービスの販売価格が下げると、一番下げやすいのが人件費なので、賃金が下がってしまう、賃金が下がると生活の質が下がるだけでなく、購買力も落ちるのでさらに景気が悪くなる、いわゆるデフレスパイラルというものですが、ここで言うべきことが二つあって、第一に賃金以外を下げる努力をせずに安易に賃金を下げるから問題であるということ、これは経営者の創意工夫のなさであったり、賃金を下げられる従業員が自ら創意工夫をしなければならない、つまり、やるべきことをやっていないことに原因があります。第二に付加価値も大して上げていないのに、給料が意味不明に高い業種がいるわけで、いい大学入って、いい会社入って給料が高いって当たり前だろと思う人もいるかもしれないけれど、そういう人たちの賃金が下がったからって何が悪いの?と思いませんか。従って、デフレというと悪いイメージがあるのはやむを得ないとしても、企業努力で低価格路線を追求しようとしている会社を悪いと言えないでしょう。言いたいことは、経済原理を考えるとサイゼリヤの低価格路線は批判されるいわれがないということ。リーズナブルな価格でリーズナブルなサービスが維持されるというのは、企業努力を怠った人たちの言い訳に過ぎないのです(高付加価値のものを高価格で売るのとは異なります)。もちろん「言うは易し、行うは難し」ではありますが。

サイゼリヤの凄いところは、安いだけでなく、美味しさも維持しているという点です。もっとも美味しさというのは、個人差があります。そこで「美味しさ」の再定義が必要です。ここでサイゼリヤにとっての「美味しさ」は「いつまでも食べ続けたくなる味」としています。個性的な味であれば飽きてしまいます。これは顧客のリピーター化につながるわけです。上手いものですと、飽きてしまうし、不味いものだと続かない、その中間が良いと正垣氏はお考えのようです。

20世紀の第三クォーターと呼ぶべき時代、いわゆる戦後四分の一世紀ですが、食糧難から高度経済成長の時代に入る頃、まだまだ食事は家庭でとるのが当たり前の時代でした。内食が当たり前で外食は特別な日という意味合いが強かったと思います。そこで外食に期待されていたのは家庭では味わえない、特別な味だったのではないでしょうか。それゆえ、高級イタリア料理、高級フランス料理は外食の華でした。それが21世紀になり、核家族化を通り越して、独居世代も少なくない時代となり、内食よりも外食、中食が当たり前となりました。このような時代背景ですので、外食を「いつまでも食べ続けたくなる味」と再定義することはビジネス上、非常に意味のあることです。

また、そもそも調理は、素材を痛めることが前提になっています。煮る、焼く、炒める、全ての行為が素材を破壊しています。このため、「いつまでも食べ続けたくなる味」を「素材を生かした料理」と考えれば、素材そのものの品質コントロールだけでなく、調理という人のコントロールも必要になってきます。一流の調理人は素材の痛みを最小限にとどめる技術を持っていますが、必ずしも厨房の調理人が一流とは限りません。そもそも一流の調理人は、高級ホテルのシェフをやっており、大衆レストランでは働かないでしょう。

「素材を生かした料理」とするためには、自分たちでその素材を用意することと人の生産性(質)を高めることが大切だという発想になります。これが次のサイゼリヤのシステムにつながっていくのです。

  1. サイゼリヤのシステム

サイゼリヤの「安さ」と「美味しさ」の両立は、企業努力をしてきたから、だけど、その企業努力って何なの?となります。それがサイゼリヤのシステムであり、先ほどの話と絡めて、二つ挙げられます。第一に「人時生産性の向上」と「バーティカルマーチャンダイズ」です。

元々会長の正垣氏が理系の出身であったこともあり、サイゼリヤには理系の方も多く働いています。そして会社全体が計数管理を大切にしており、それが人時生産性の向上に大いに役になっています。

人間が時間内にできることは限られており、システム化を図ることで従業員の負担を減らすことで生産性をあげ、品質も向上します。店舗スタッフが過労や、時間に追われていてはミスも増えます。ミスによりお客様の満足度は下がります。それは顧客減少を招き、ひいては会社の収益性を下げることに繋がるのです。「疲れていては笑顔も出ない」とは正垣氏の言葉。やはり笑顔は接客の基本ですから。

この点を考えると、ドリンクバーはよくできたシステムです。いちいちドリンクを注文していては、従業員が走り回ることになります。そこで一定額の料金をいただいて、後は飲み放題でセルフサービスにすれば、双方にとってメリットになります。ワインもドリンクバーにしてもらえませんかねえ~(笑)。

次に、バーティカルマーチャンダイズとは、「自分たちが何を販売するかを決める」ことですが、いわゆる、原材料の生産、調達、製造、流通、販売を一貫して自社で行うことです。原材料の生産、調達も自社で行えば、仲介していた商社を排除できます。商社の人材は高い給料をもらっており、そこを排除して、商品価格を下げるだけでなく、少しでもサイゼリヤで働く従業員に賃金を多く支払えればと考えています。立派な発想です。付加価値を上げていないのに意味不明に高い給料をもらっている人材は下がってもいいのです。逆に付加価値を上げている会社の従業員は高い給料をもらってもいいでしょう。

あと、自社で原材料の生産を行えば、自社にふさわしい素材を作れるという発想です。種や土壌から工程管理をして、自社にしかない素材を作り出し、その素材から自社にしかない商品を生み出す、このシステムで品質コントロールとコストダウンを両立させているわけです。

また、一般に農業は豊作のときには、作物を廃棄して価格の暴落を防ぎ、凶作のときには価格が暴騰するから大喜び、というような構造を持っています。この点、サイゼリヤの農場では、店舗で必要な分を生産し、全部を買い取ることにより、価格を安定させています。この仕組みでは生産者と消費者に相互にメリットとなります。サイゼリヤのシステムにより、日本の農業の生産性を高め、発展させることが期待できると思われます。

  1. 失敗を重ねること

日本の評価制度は、学校の受験勉強からして減点主義で成り立っていることが多く、失敗=悪と考えます。もちろん営業は数字を挙げてなんぼという評価ができますが、事務職は間違えずにそつなく行うことが当たり前だから、どうしても減点主義に重きを置かれやすい傾向にあります。事務の中でも改善活動等、創意工夫を行ったことに加点する仕組みはありますが、まだまだ一般的とは言い難い現状です。

私はサイゼリヤの人事制度はわかりませんが、少なからず正垣氏は、人間は弱い生き物であるとお考えのようです。人間は疲れる、間違える、そして欲が出ると。そして、一番重要なことは、「経営していれば、失敗はいくらで起こる。でも失敗したらしたで、何で失敗したかを考えればいいだけ。それをどう克服するかを考えるのが楽しい。・・・・世の中に無駄なことなんてない」という考え方。当然、失敗には金銭的な損害も伴うから、それに備えて、財務体質を強くしておく必要があります。「失敗は当たり前、費用は掛かる。損をする。だから今、お金がない。ああ困った。」というのは経営者としては失格です。それに備えられるかどうかが経営者としての資質です。

失敗を恐れない組織にすること、それは会社に勤めるスタッフが常に挑戦し続けられる環境になります。中小企業は失敗しても、なお挑戦し続けることが必要です。挑戦し続ければ、必ず成功するのです。失敗しないためには、成功し続けるまでやり遂げること。もちろんやり遂げるための基礎体力が会社にあることが前提です。小さな成功の積み重ねが、大きな成功を呼び込みます。小さな成功なくして、企業としての存続ができませんから、大きな成功を知らずに終わってしまうのです。

中小企業の経営者は、物事がうまくいかなかった場合、社会のせいにしないこと。人のせいにしないこと。常に自分に責任があると考えましょう。自分のせいにできず、反省できない人は経営者には向きません。必ず失敗します。

最後に正垣氏の言葉を『失敗を重ねなきゃ、成功なんてあり得ないよ。』

とても勇気づけられる言葉ではありませんか。

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