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お客様が神様というのは時代遅れ、繁盛店だから偉いというのも勘違い

江戸前の旬(原作:九十九森さん)という江戸前寿司職人の成長物語がある。魚介類を中心としたウンチクに溢れている作品で、2017年12月現在91巻もコミックスが販売されている。銀座の大衆寿司屋という設定としては若干厳しいものの、こんな店があったら間違いなく常連客になるだろうと思わせる店である。ちなみにこの話のモデル店はあるようだが、実際は高級江戸前寿司屋であり、なかなか通えない。

この漫画を読んでいると、寿司屋を運営する苦労話が随所に出てくる。91巻には、「ネタだけ食い」という、数か月前に騒ぎになった題材が扱われていた。これは炭水化物ダイエットをやっている顧客がネタだけ食べて、シャリは全部残し、それをInstagramにアップし、炎上した出来事である。芸能人の中にもそれをメディアで公言したりして問題になった。客の言い分としては、「ラーメンはスープを残しても文句を言われないのに、なぜ寿司はシャリを残したら文句を言われるの?」「金払っているのだから、何を残そうと客の勝手でしょ。」という始末。SNSで発信したりするのは、シャリを残すことで自分はきちんとダイエットをしていると自己満足が大切、ときたもんだ。

血圧とカロリーが心配なので、自分もラーメンのスープは全部飲み干さず、残すことも多い。しかし寿司の場合は、ネタとシャリの調和こそが寿司の楽しみだと思うし、そのように思って握っている寿司職人がほとんどだと思う。それを言ってしまえば、回転寿司はシャリにネタを載せているだけだとか、そもそもシャリはロボットが握っているんじゃないか、と突っ込まれそうだ。それに概ね「ネタだけ食い問題」が起こるのは、回転寿司店のようだし。確かにネタだけ食べて、シャリを残すのであれば、最初から刺身を頼んで食べてほしい、と店のスタッフは思うもの。

自分は、食材を育ててくれた農家の方や、作ってくれた職人の苦労を考えると、もったいないので、なるべく食べ残さないようにしようと思っている。数日前まで元気に泳いでいた魚たちが命を分けてくれたことにも感謝したい。確か『美味しんぼ』だったと思うが、命を「頂いている」から、食べるときに「頂きます」とは非常にいい言葉ではないか。

この漫画では、お客さんのシャリ残しは、職人の腕がまだまだだから、そして寿司ダネだけより、寿司飯と一緒の方が何倍も美味しいと思うようなお寿司を作ろうと思います、と寿司職人が反省材料として前向きにとらえている。お客が悪いと言っていたのでは始まらない。ただ、マナーについてはともかく、お金を払えば何をしてもいいというのは、認めたくはない。お金を払う方が偉いわけではない。あくまでも労力の対価としてお題を頂いているわけで、店も客も同等な関係にある。まさに等価交換の関係だ(化学の授業では今一つピンとこなかったが、『鋼の錬金術師』(原作:荒川弘さん)を読んで、その意味がよく分かった)。どちらが上とか下ではない。それは店側にも言える。店側の運営や規則に顧客がすべて従え、という態度も気に入らない。残念ながら、繁盛店になると、そういう偉そうな態度をとる店も多い。そんな店は自然と足が遠のいていく。

顧客は店を選ぶ権利があり、逆に店も顧客を選ぶ権利がある。お互いの相性がよい店とお客が手を取りあって心地よいコミュニティを作れればいい。店>客、あるいは客>店、これを不等式という。店=客、この等式を導けた店だけが長く生き残る。

お客様は神様というのもやめよう。うちらは人気店だから、うちらは偉い、というのもやめよう。お互いに対等だという気持ちを持とう。それが関係を長続きさせるコツである。

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