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ソーシャル時代では、コミュニティ経営を志向せよ

スマートフォンの浸透が我々を取り巻く情報環境を大幅に変化させている。一番顕著な変化は、マスメディアを通じて、巨大メーカーや小売店等の情報発信者から一方的に情報を受け取っていた「消費者」が、消費だけでなく、自らも情報発信者として、多くの消費者の消費行動に影響を与えるようになった。そして、世間的な有名企業からの一方的な情報発信に耳を傾けず、ソーシャルメディアを通じた、友人、知人、家族等の信頼を置ける人からの情報を参考に消費行動を起こすようになってしまった。

 

テレビ局、広告代理店、広告主等、いわゆるメディアの支配層からの情報を信用しない。これは今までの日本的な価値観の地殻変動と言ってもいい状況だ。もっとも日本全体にはびこっていた、特定のプレーヤーに権限が集中している「中央集権型」というのは、我々が好んでいない官僚支配型共産主義と何ら変わらない。インターネットが志向している、様々なプレーヤーに権限が分散されている、「分散型」こそが、我々が望む「民主主義」のはずではなかろうか。

 

大上段に構えた話になってしまったが、モノを売る仕組みが大幅に変わってしまったことを知ろう。大企業など大資本を持つ会社のみが絶対的に勝つ社会は崩壊した(当然、大資本を持つ会社の方が強く、勝つ確率が高いことは否定できない)。これからの社会は、適正規模のコミュニティが無数に存在する社会になる。人々は自分の望むコミュニティに複数同時に関係していく。そしてそのコミュニティは多産多死であり、ビジネスライフサイクルは短い。逆に我々の寿命は1世紀が当たり前になってくる世の中だ。ここでいうコミュニティとは、プライベートなもの、パブリックなものを全て含めている。

 

自分が主張したいことは、単にある人が作ったモノを売るのではなくて、ある人が考え、作り出したモノ・サービスを使うコミュニティを生み、関係者がみんなで育てるという発想だ。そのコミュニティは、生み出したモノ・サービスの持つ求心力と遠心力によって育つ。そのコミュニティに秩序を与えているのが、それを生み出した張本人であり、絶対的な権限は持たない管理者である。

 

非常に抽象的な言い方をしてしまったが、飲食店を例に説明すると次のようになる。コミュニティとは、あなたの店、経営者としてのあなた自身、スタッフ、そしてお客様のこと。求心力は、あなた自身の魅力であり、あなたが作り出した店のコンセプト。メニューも含むが、おそらくメニューはお客様やスタッフと共に作り上げていくことになるだろう。遠心力は、自分の力の及ばないところでお客様がコミュニティを盛り上げていくことをいう。但し、力は直接及んでいないだけで、求心力がなければ遠心力は働かない。

 

これらは全てSNSをツールと活用することで実現する。というか、SNSを用いなければコミュニティは創造・維持できない。さらに言えば、SNSを使わなければソーシャル時代に生き残れないと断言する。

 

コンセプトはコミュニティの指針である。最初は経営者が作り、この指とまれという。それをツイッターを使って発信する。もはやスタッフやアルバイト募集もツイッターを活用すべきだ。新メニューやキャンペーン、イベントの発信も当然ツイッターで行う。メニュー開発も当然経営者自らが行うが、その開発にスタッフだけでなく、フォロワーにも投票キャンペーンという形で参加してもらう。

 

今後はアクティブなフォロワーの数こそがコミュニティそのものの大きさとなる(見せかけの数だけ多くてもダメ)。あなたと店に引き付ける力、それが求心力。しかしそれだけではコミュニティの維持は計れない。太陽系が維持し続けられる理由は、全て太陽と惑星(我々地球を含む)との求心力と遠心力のバランスにあるのと同様、コミュニティも求心力だけでなく遠心力を必要とする。遠心力はツイッター等による、「口コミ」による拡散、「いいね!」の輪が作り出す「共感」の連鎖にほかならない。その遠心力は、既存のテレビ広告のように、直接影響力を持つものではなく、顧客同士で自主的に作り上げていく。これらポジティブスパイラルを上手く保つことが、ソーシャル時代の経営に必要なことである。これは飲食店だけには限らず、その他産業にも言える。

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