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同質よりも異質なメンバーとの交流の方が、刺激的で新しきを生む

海外に出ると、今までの常識がいかにその国では非常識だったかがよくわかります。とはいえ「日本の常識が世界の非常識」だから日本の方が悪いとは全然思いません。仮に日本の常識であって世界の非常識であったとしても、自分が日本人だから贔屓目に見ているということではなくて、そもそも世界的な常識の方が合理性に欠けているといえなくもないこともあります。具体的に上げると世界に喧嘩を売っているように思われるので書きませんが。

柔軟体操をしたり、マッサージをしたり、体をほぐすと健康にいいように、一つの考え方に凝り固まらない方がいいのです。そんな意味で、日本で常識と思われていることを、まずは一度壊して考えるために、海外の人と話をすることは、ビジネスにおいてプラスになるものと思われます。

人類は全員が完全なクローンではなく、それぞれが微妙に異なっているため、異質の集まりからは新たな知恵が生まれます。考え方が多様になると情報に敏感になって、自分の思い込みを見直して、課題解決に向きやすくなると言われます。従来の当たり前から離れて、新たな見方ができるようになるのです。それは、初対面の人物や異質な人物、見方が異なる人物、今まで聞いたことのない意見を言う人たちから刺激を受けます。個人的には同じことを考えている人たちの集団の方が気色悪く思います。日本の場合、そのような傾向が少なからずありますけれども。

同じような人たちのグループでは、その場でいかに波風を立てないかが暗黙のルールになります。いわゆる場の空気を読む、という感じですね。そのため周りと合わせてあまり異質なことを言ってはいけない雰囲気にもなります。それは間違っているというわけではなくて、心理学的に、人は近い人たちに好かれようと思うからなのです。逆に異質な人たちに囲まれると、相手に賛同する理由や反対する理由を説明しなければならなくなります。その場にいるのがどうしても不安になってしまうので、その不安を自ら解消する必要が出てくるのです。

そのため、人はどちらかというと異質なところに囲まれ、ストレスを与えられた方が、不安解消をするために、何か新しいことを考え出せるのです。同質の中にいれば、逆に新しいことを考えてはいけません。和を以て貴しとなす、という奴です。おそらく、日本人だけに見についた修正ではなく、人ならば誰でも持っている修正なのですが、たまたま日本が単一民族だったために、そうなってしまったというところが本当のところではないでしょうか。

現代のような将来が不確実な時代のビジネスにおいては、同質のメンバーは心地よいかもしれないですが考え方に変化がなく、思い込みが強くなり、異質のメンバーが入ると状況が乱れ不安になり、意見の調整をしようとして集中力が高まり、新しいことを考えやすくなるようです。

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