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学歴や資格取得に時間を割くのは、だんだんお金持ちから遠ざかっていく生き方

ことさら実力で勝ち取ったことを誇っている人がいます。確かに最低でも実力は必要です。しかし「実力」重視で考えている人は、常に使われる側でしか考えていない人です。実は実力という言葉、例えばどこの大学を出ました。どんな資格を持っています。TOEIC900点です。これらは実力そのものではありますが、評価の基準が決まったものでなければ判断することができません。

 

つまり、実力と言っている場合、既に完成された古いモノに対してしか適用できないということです。なので実力とか、世間で評価されることを気にしている限り、先行者にはかなわず、しかも先行者に使われるしかないということです。

 

何度も繰り返し言います。人を使う方は金持ちになれる、人に使われる方は金持ちになれません。実力重視を言い出したら、そこからの稼ぎは大したことがないと考えなければなりません。常識外の利益を上げるためには、今までにないことをやらなければならず、その未知の領域で成功しなければなりません。今までにないことに実力なんて必要ないわけです。必要ないというのは語弊がありますが、実力があったからと言ってどうなるものでもなく、そもそもその新しい分野での実力って何が必要なのかもわからないと思います。やってみてからあれが必要だった、それがなければ先に進まない、ということがわかります。必要なものがわかれば、自分でその能力を見つけるか、その能力を持っている他の人にお金を払ってやってもらえばいいだけの話です。

 

未知の領域で第一人者になって初めて、あなたはその成功によってお金を稼ぐことができるのです。となれば、実力以上に「運」も大切になってきます。もちろん実力がなくてもいいとか、努力はいらないといっているわけではありません。実力や努力は既存のルールの中で活かされるもので、既存のルールの中にいることを前提とすれば、そのルールを作った人以上にお金を稼ぐことはできないということです。

 

そうしてルールを作った人から評価されようと、努力してしまいます。繰り返しますが、少しでも偏差値の高い大学へ行き、少しでもいい会社に入って出世する。ここに時間を使っていると、ものすごい機会を見失うこともあります。世の中の大半の人は、既存のルールの中で生きていこうとしていますし、その先行者からの評価を受けようとしています。これも重要なことではありますが、自分の人生の選択肢を狭くしてしまいますし、そんな窮屈な社会で窮屈な人生を歩み続けることになってしまいます。それもその人の人生観ですから、とやかくは言いませんが、少なくともお金持ちになるチャンスを逃している思考や行動であると言えます。

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